《亜紀の考え》 港区がやらねばどこがやる 誰もが笑って暮らせる愛と夢、 希望にあふれた港区をつくるために


港区議会議員選挙3期目に向けて私の想い

ポスター本日4月14日早朝、

自ら港区役所に港区議会議員選挙の立候補届けを行なって参りました!

ポスターの掲示番号は50番!一番下の真ん中あたりです!

選挙は家族・親戚総動員で行うとよく言いますが、

私の家族・親戚は、港区どころか東京、関東、いや本州を含めて、

9歳になったばかりの娘しかいない!

(元夫も再婚して、「今回は手伝えない」と言うことでした。)

なので、まさに2人からのスタートでした!

もちろん、事務をしてくれる方を雇うなどの金銭的余裕もありません。

選挙に出る準備も(事前審査も)、街頭演説もつい直近まで全部一人でやってきました。

周りの候補者が、家族やスタッフや友人とやっていても、

私はみんなの声を区政に届けるための代弁者として、

その代表として議員にならせて頂いているわけだから、

その自分の政治活動の手伝いを忙しい友達に頼むのは申し訳ないと思っていたし、

私自身、寂しさも感じてはいないと思っていたけれど、

私が一人だと言うのを見たり聞いたり、数日前にUPした私のSNSで知り、

「頼ってよ!」「言ってよ!」と、

選挙戦はたくさんのお手伝いをいただけることになりました。

本当に、その度に、いちいち泣きそうでした。(実は、こっそり泣いていました)

実は心の防御反応で無意識に寂しさを感じないようにしていただけなのかもしれません。

そうする中で、強くなっていき、これまで一人に慣れ過ぎてしまっていたのだと思います。

ただ、泣けるということは、実は心細かったのだろうな、とも思いますし、

今は、みんなと一緒でとにかく楽しいし、嬉しいです!

一人より、だいぶ力が出ます!!!!すごいです!!!

また高血圧で血圧が250もあり、薬で落ち着いているとは言うものの、母も4日ぐらい前に四国から上京してくれ、新学期がスタートしたマオのサポートや、私のビラのポスティングもしてくれました。(しかし、よくうずくまっているので心配です><)

そして何より、これまでマオが、誰よりも私を信じ、励まし続けてくれました。

なんと言うか、今、もう感謝の気持ちでいっぱいです!!!

みんなが困った時やつらい時は全力で私が助けるし、

2期8年頑張ってきたように、これからも助けが必要な人の力や支えにもっとなりたい、希望の光を少しでも届けたいと思います!!

今、「港区民26万人(今年度中に突破する)全員を幸せにする!」ぐらいの、

溢れんばかりの元気な気持ちでいっぱいです!

さて、今回の、2019年、平成最後の港区議会議員選挙には、

多くの候補者が立候補していますが、ぜひとも自民党を選んでいただきたいと思います。

と言いますのも、

今港区にある諸課題、急激な人口増加に対する施設整備のための土地の不足、首都直下型地震に備えるための緊急輸送道路の確保、羽田空港の経路、環状4号線などなど、港区単独だけで解決できるものは、ほとんどありません。必ず、国や東京都との連携が必要です。

例えば土地不足に関しては、港区は今年度中には26万人、近い将来30万人を突破する見込みで、こうした急激な人口増に対応するための子どもや高齢者の施設をますます整備していかなければなりませんが、この2期8年で保育園をたくさん新設して参りましたし、芝浦には新しい小学校も建設されます。その土地もどこにしようか散々検討がなされてきたように、港区単独で余っている区有地なんて、もはや皆無です。メディアでも話題となった南青山の児童相談所のように(土地は国から)、必要な施設を作るためにも国有地や都有地を区に譲ってもらわなければなりません。その他、区民にとって、課題だと感じることについても、都や国の方針であったり、条例や法律を作るなどの方策も必要になってきます。それには、都議会議員もいて、国会議員もいて、諸課題をすぐに伝え共に行動できる自民党を選んでいただけたらと、私は思います。

そして、私の政策は、総合的な少子化対策です。

1・2期目は、とにかく子ども・子育て環境の充実、2期目後半からは、建設常任委員会の副委員長、そして自民党議員団女性初の政務調査会長として、世界から見た日本、日本の中の港区という視点をさらに広く深くし、進めて参りました。

(詳しくは、私のHPの<実績・政策編>をご覧ください。)

少子高齢化が世界に類を見ないスピードで進行していく中、これからの日本は少しずつ沈んでいくのか、それとも持続的に経済発展を為していけるのか、東京2020オリンピック・パラリンピックを来年に控えた日本は、今、帰路に立っていると言え、港区がその鍵を握っていると言えます。

港区が区民の皆様にとって、港区がさらに輝き、世界一の街にする、世界都市「MINATO」にする、私は3期目でそれを実現していきたい!皆さんと作っていきたい。

そしてまた、皆さんの夢や希望を私に託していただきたい!

「私はあきらめない!鍵はあき!未来が開き輝き出す!」

今回のキャッチフレーズです!

今回の港区議会議員選挙戦では、

そういった、

皆様に区政に送っていただいた2期8年の間に成し遂げてきたこと、

これからもさらにそれを行なっていきたいという点や、

上記した世界都市『MINATO』にすること、

みなさまへの想いなどを全力で訴えて参りたいと思います。

お一人でも多くの方にお会いしたいと思います。

そして、私に投票をしていただけたらと思います!

どうぞよろしくお願いいたします。

50年後、日本の人口、4,000万人減少か―。

日本は、超少子高齢化による急激な人口減少社会に突入しました。50年後には、日本の人口は今より4,000万人減ると言われています。これは関東1都6県の人口が丸々消滅してしまうという事態に匹敵するのです。戦争・病気の流行・飢餓以外の人口の減少は、歴史上、前例のない現象で、日本は、世界のどの国も経験したことのない未知の領域に突入しています。
そしてこの人口減少社会は、労働人口の減少と国内需要の縮小があいまって、経済活動の中長期低下と、社会保障は、3人で1人を支える状態から1人が1人を支えなければならない状態となり、もはや崩壊していきます。
経済の低下は、日本で暮らす人々の収入・雇用の低下をもたらし、地域経済を衰退させ、若い世代が子どもを産むことをためらい、結果としてさらなる人口減少を招き、さらに経済全体が停滞する・・・これが世界から「ジャパンシンドローム」と名付けられた日本の今の状態です。
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港区の0歳児人口は10年前の2倍!日本全体で少子化が問題となっている中で、港区の子どもは増えています。

しかし、この負のスパイラルをストップさせ、一気に上昇させていく鍵が実は港区にあります。
日本全体で少子化が問題となっている中で、港区では、子どもは増えています。0歳児の人口は10年前の2倍にもなっています。
港区には多くの企業があるため、比較的雇用があり収入に不安がない。そして会社と住居が近いことで比較的ワークライフバランスがとれ、出会いの場や共働きでありながらも夫婦共に子育てしやすい環境がある。そして、港区行政からの子どもを産み育てることに対しての経済的支援がある。このことは、

①収入・雇用などで将来に不安がない

②ワークライフバランスがとれている

③経済的な支援

この3つが揃うと、子どもは産みやすくなる、子どもは増えるということが証明されています。

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8年前、待機児童率ワースト1であった港区が、ほぼ待機児童解消に―。

ただ、8年前、その港区で、大きな課題としてあったのが、待機児童の問題でした。港区は豊かな自治体にも関わらず、待機児童率が23区内ワースト1でした。「保育園が足りないことで、子どもを産むのをためらってしまう。」そういった声もありました。そんな現状を変えるために、港区議会議員になってから今日まで全力で取り組み、皆さんのおかげで、3年で思い描いていたゴールまで解消するに至りました。

7-2

港区は、日本の少子高齢化による問題解決をリードしていく自治体になるべきー。

今、港区内の合計特殊出生率はさらに上がり、保育園や幼稚園でも条件付きで、第二子以降の保育料の無料化も決定し、これまでの日本で1番の出産費用の助成や、中学生までの医療費の無料もあわせ、「子育てするなら港区」を合い言葉に、港区はますます子どもたちが増え、さらに街は活気があふれるようになりました。

このまま一気に駆け上がりましょう。
港区が、日本の少子高齢化による様々な課題を解決していく、それをリードする自治体となるのです。

9

今、私がやっていきたいこと―。

今や私が皆さんとやっていきたいことは、待機児童の解決だけではありません。
日本の少子高齢化による様々な課題を解決していくために、
日本が持続的に成長し、皆が安定的に暮らせる社会をつくるために、
今すぐ、子どもを望む人数だけ産み育てられる環境をつくり、日本人が減るのを少しでも軽減すること。
そして、先進国で日本だけが、その半数近くが就労していない状況である“女性”が(※2019年現在においてはM字カーブ解消と言われるまでになってきました!)、出産や子育て、介護を機に、仕事を辞めずに働き続けられる環境をつくること。
高齢者お一人おひとりの豊かな人生のためにも、健康づくり、介護予防を推進し、医療費の増大を防いでいくこと。
そして同時に、世界から資本・人材・情報が集まる魅力的な市場をつくり、対日投資を促進させることが必要だと考えます。
これができれば、日本は負のスパイラルから抜け出し、成熟社会の持続可能な新たな形として世界に示していけるでしょう。
港区がやらないで、どこがやれるのでしょう?またできるのでしょう?
私は、この環境を全力でつくっていきたい。

そして、このように描いたビジョンを実現するには時間も必要です。
だからこそ、日々皆が夢や希望を持って、一人でも多く、一つでも多くの笑顔や幸せが増える環境づくりは必要で、私はそのことにも全力で励みたい。
それは、水辺や緑、自然を美しいと思える環境。
文化芸術が振興され、心が豊かでいられる環境。
日本の歴史や郷土を理解し、アイデンティティを育んでいくことのできる環境。
スポーツをすることや観る事の喜び、感動を十分に味わえる環境。
多文化共生、異文化理解が促進され、国際的にも平和な社会。

また、私の娘が教えてくれた、赤ちゃんがいると、まちですれ違う人が笑顔で話しかけてくれたり、これまで知らなかった人たちと繋がっていくということ

そうした日常の笑顔と幸せをたくさんつくる。
港区でつくり、港区から広げたい。
みんなの笑顔や夢で溢れる社会をつくることで、もっと日本中を元気にしたい。
今日ここにまた決意を新たにし、一歩一歩しっかりと取組み、邁進して参ります。
皆さんと一緒に―。